灯台守のパン

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リプロダクティブ・ライツの侵害という恐怖/『透明人間』

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透明人間(2020年 アメリカ、オーストラリア)
監督:リー・ワネル

 支配的且つ暴力的な恋人エイドリアン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)の家から逃げ出したセシリア(エリザベス・モス)は、妹や友人家族の協力のもと、なんとか元の生活を取り戻そうとしていた。
 数日後、エイドリアンが自殺したとの知らせが入り、セシリアは彼の莫大な財産を相続する。自由の身にはなったものの、彼女の周囲で少しずつ奇妙な出来事が起こりはじめる。セシリアは、光学研究の第一人者であったエイドリアンが死を偽装し、なんらかの方法で透明人間になって近くにいるのではと疑念を抱くのだった。
 ※ものすごく不穏な感じで犬が登場するけど、犬は無事です。

 

 ジェイムズ・ホエール監督作『透明人間』(1933年)のリブート版という位置づけ。
 1933年版では、モノケインという薬によって自身の体を透明化させた科学者が、その副作用で元の人格を失うほど凶暴化し、相手構わず攻撃的になっていたが、本作はターゲットと目的がかなり絞られている。
 また、妊娠と避妊が大きなキーワードになっている。エイドリアンはセシリアをあらゆる面で支配するのに加え、彼女の意思を無視して子どもを欲しがっていた。隠れて避妊薬を服用し、なんとか切り抜けていたセシリアだったが、医師から妊娠していると告げられる。
 透明になったエイドリアンが吐息や足跡だけで存在をほのめかすのは、本作の“怖がらせ”の肝で、怖いは怖いのだが、避妊薬が別のものにすり替えられていたことを知るシーンのほうが圧倒的に怖い。
 セシリアがエイドリアンを自殺に見せかけて殺し、物語は幕をおろす。ゆったりとした足取りで豪邸を去るセシリアは、かろうじて勝って生き残った側であるわけだが、お腹にはエイドリアンの子どもがいるのだ。本作冒頭で語られた「子どもができたら彼から逃れられない」というセシリア自身の言葉が、いやが上にも重みを増す。古典的ホラーの輪郭の中で、リプロダクティブ・ライツの侵害という恐怖をじっとりと描いている。