灯台守のパン

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「結婚」と書いて「就職」と読むか/ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語

 南北戦争下のアメリカ。マーチ家のメグ、ジョー、ベス、エイミーの四姉妹は、それぞれ性格も好みも異なるが、マサチューセッツで仲睦まじく暮らしている。父は従軍牧師として出征中で、家計に余裕はない。しかし生活は愛情と思いやりに満ちている。
 ローレンス家との交流、日々のできごと、恋心のめばえなどを、現在はニューヨークを拠点に働く新人作家ジョーの回想を織り交ぜながら描く。

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Little Women
2019年 アメリ
グレタ・ガーウィグ


 女が自分の力で生きるなんて無理、いい夫を探さないと。そう言いきるマーチ伯母(メリル・ストリープ)に、ジョー(シアーシャ・ローナン)は「伯母様は独身……」と反論する。
 伯母はあっさりこう返す。
「私にはお金がある」
 コミカルで、でも猛烈に残酷なセリフだ。肝心なのは、この伯母がけっして意地のわるい人物ではないという点である。気難しくはあるが、彼女に姪を傷つける意図はない。
 伯母がしているのは、結婚という名の「就職」の話である。就労へのハードルや職業選択の幅が、今より遥かに不平等であった19世紀アメリカの女性にとって、結婚こそ自身の経済力に直結する課題だ。ならばより条件の良い結婚を、というのが伯母の──ひいては当時のごく一般的な──女性の幸福論であった。
 四姉妹のうち、長女メグ(エマ・ワトソン)と四女エイミー(フローレンス・ピュー)は結婚を望んでいる。が、エイミーが思い描く結婚は、メグのそれとはすこし異なる。エイミーがめざすのは資産家との結婚だ。伯母の理屈を踏まえれば、彼女こそ幸福で堅実な「就職」を志していると言える。
 エイミーは語る。「女には他に道がないの。女の稼ぎで家族を養うなんて無理。仮に財産があっても、結婚した途端、お金は夫名義に。子どもを産んでも彼の子どもになるだけ。女にとって結婚は経済問題なのよ」
 エイミーは、性差別的な社会に生きる女としての自分に自覚的だ。そして、この不平等な世をいかにサバイブするか腐心している。伯母がエイミーに「あなたはあの家の希望。ベスは病気、ジョーは見込みなし、メグは一文無しの家庭教師にお熱。あなたが姉妹を支えてゆくのよ。年老いた両親も」と期待をかけるのは、彼女が資産家と結婚すれば、マーチ家の経済面に好影響を及ぼすと考えるからである。
 だれよりも「就職」としての結婚を意識するエイミーは、末っ子でありながら、姉妹のなかで最も早く子ども時代の終焉を迎えている。ローリー(ティモシー・シャラメ)を巡るジョーとの三角関係といい、結婚相手の経済力をとくに重視しないメグとの対比といい、彼女はともすると嫌われがちな要素をはらんでいるが、本作当時のジェンダー観、結婚観、幸福観を映す説得力のあるキャラクターとして心に残る。

 ……と、ここまで「19世紀の」「当時の」と何箇所か前置きしてみたものの、現在の日本においても、女性の経済的自立は引きつづき困難な状況だ。非正規雇用の割合は女性が圧倒的に多い。主たる生計を男性配偶者が維持することを想定した社会では、19世紀のエイミーやジョーが苦しんだ問題が、未だに解決されていないのだ。

「結婚さえすれば」という発想は、それこそ社会の「構図」には目を閉じ、閉じられた市場(どれだけ自分を高値で売れるか)の中で自分がどれだけうまみを得るかというあがきの中に己を閉じこめていくだろう。陳腐な話で、個々の女同士が競争相手となるだろう。(栗田隆子著『ぼそぼそ声のフェミニズム』より)

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