灯台守のパン

この先は灯台守の眠る部屋 無口な者がパンを届けよ

私とあなたが対等であるために/ウ・ヨンウ弁護士は天才肌(ep10)

 主人公 ウ・ヨンウ(パク・ウンビン)は、韓国の大手法律事務所ハンバダの新人弁護士。ソウル大およびソウル大ロースクールを主席で卒業した優秀な人物で、自閉スペクトラム症である。のり巻き店を営む父親とふたりで暮らし、法律とクジラをこよなく愛している。
 エピソード10「手をつなぐのはまた今度」では、軽度の知的障がい者であるシン・ヘヨン(オ・ヘス)に性的暴行を加えた容疑で逮捕されたヤン・ジョンイル(イ・ウォンジョン)の弁護に取り組む。

youtu.be

 本作は、ヨンウがロースクール同期のチェ・スヨン弁護士(ハ・ユンギョン)や上司のチョン・ミョンソク弁護士(カン・ギヨン)らと働く日々、事務所職員イ・ジュノ(カン・テオ)との恋、自閉スぺクトラム症に対する差別、韓国が抱える社会問題などをこまやかに描く連続ドラマだ。ネットフリックスにて配信中。全16話予定。

障がい者と健常者とのあいだにおける性的同意」というテーマそのものも然ることながら、ジュノがヨンウに好意を打ち明けたエピソード9の直後にこれに取り組むところが凄い。ヨンウとジュノがフェアに恋を深めてゆけるかどうかを揺さぶるように事件は混迷し、キャラクターたちの心理は複雑になってゆく。
 重要なのは、ヘヨンの母親が過干渉である点だ。母親が口をはさんだり叱責したりするせいでヘヨンが委縮し、自分の意見を言えなくなっているのではないかと推察させるシーンがある(母親のややヒステリックな振る舞いについては、個人の性格の話に帰するのではなく、もう少していねいに想像してみたい。障がいのあるヘヨンが傷ついたり騙されたりしないよう必死に努めているのはもちろん、それに加えてたとえば、彼女自身が周囲のサポートを得られず子育てに苦労したゆえ過敏になっているという背景があるかもしれない)。
 ジョンイルとの関係が健全であったかどうかを考えると同時に、母親との関係も慎重に検討するべきだろう。ヘヨンの自己決定権を危うくさせている原因は、きっとひとつではない。

 ヘヨンは、ジョンイルが誠実とは言いがたい人物であることを理解し、その上で彼を愛しているのだとヨンウに主張する。
 ヨンウは彼女にこう応じる。

お分かりのとおり、ヤンさんは遊び人です。悪い男です。
でも、障がい者でも悪い男に恋する自由はあります。
シンさんの経験が愛なのか性的暴行なのか、判断するのはシンさんです。
お母さんと裁判所に決めさせてはいけません。

 今回の事件は、ある側面からは、ヘヨンが「悪い男に恋する自由」を選ぶも、母親の支配から逃れられずにいるケースとして見ることができる。実際、ヨンウたちはその視点からの弁護を試みた。
 しかし、陳述書記載の「(セックスが)イヤと言ったら彼が拗ねた。泣きだした。愛じゃないと言った」という状況は愛を盾に取った脅迫であり、少なくともこの晩、この瞬間において、両者間でまっとうな性的同意が得られていたとは考えにくい。
 ヘヨンはジョンイルを愛していたのかもしれないが、愛していることがセックスに同意したことにはならないし、拒否されたジョンイルは、「セックスはまた今度」という選択肢を彼女に提示することだってできたはずだ。ジュノがヨンウに、「手をつなぐのはまた今度」と伝えたように。

 だれかと真に対等な関係を築くのは容易なことではない。相手が恋人であったり、家族であったり、自分の生活や心理に深く関わる人であればあるほど、自分が対等に扱われることよりその場かぎりの安寧を──あるいは安寧のように見えるものを──優先させてしまうかもしれない。軽度の知的障がいを持つ女性であるヘヨンが、母親や恋人の機嫌を気にして心身をすり減らすことなく、言葉や感情を望まぬかたちで代弁されることなく、自分という存在がすこやかである状態を優先できる社会の実現には、まだいくつもの課題がある。

「だけどほんと、正直さ、考えると怖くならない? 将来、旦那も子どももいなかったら寂しいんじゃないの?」
「その代わり、私がいるはず。たぶんね」
(ミン・ジヒョン著『僕の狂ったフェミ彼女』(2022年、イーストプレス)より)

www.eastpress.co.jp