灯台守のパン

この先は灯台守の眠る部屋 無口な者がパンを届けよ

世界はどこまでも広く/あの夏のルカ

シー・モンスターの少年ルカは、両親と祖母とともに海で暮らしている。シー・モンスターは肌が乾くと人間の姿に変わる性質を持つが、ルカの両親は人間や人間の世界に対して否定的で、息子が地上に興味を持つことを良しとしない。シー・モンスターと人間は相容れない存在なのだ。

ある日ルカは、自分と同じシー・モンスターの少年アルベルトと出会う。アルベルトは人間の姿にすっかり馴染み、地上で父と暮らしているのだと言う。両親に叱られるのではないかと怯えつつも、またたく間にアルベルトと親しくなるルカ。いつしかふたりは、ひとつの目標を共有する。それは、「座るだけで世界中どこにでも行ける」夢の乗り物、ベスパを手に入れることだ。

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あの夏のルカ(Luca)
2021年 エンリコ・カサローザ

ローマの休日』(1953)で自立心とロマンスの象徴として登場したベスパが、本作ではそれらの要素に加え、息をひそめて暮らすマイノリティが自由を得て夢をかなえるアイテムとして描かれる。さらには、アン王女とジョーの恋がたった一日でありながら長くアン王女を力づけるように、ルカとアルベルトの念願のベスパはごく短期間で売却され、ルカを終わりのない知的好奇心の旅へ導くのである。

あたらしい乗り物が与えてくれる可能性は大きい。映画『スケーターガール』(2021)では、インドの貧しい家庭出身で教育の機会に恵まれず、生理中は寺院に入れず、近いうちに当然結婚して子を産むことを期待されている少女プレルナ(レイチェル・サンチタ・グプタ)がスケートボードに出会って変わる。自分の意思が自分の体を好きなところへ連れて行き、思いどおりに行動することは、マイノリティにとっては奇跡めいた行為なのだ。

学校も他人も要らないと息巻いていたアルベルトが、ルカのなかに芽生えつつある学問への憧れを尊重し、彼に進学を勧めるラストシーンは切なくも見事だ。これだけだとアルベルトがあまりに犠牲的に見えるが、彼は彼で、心優しい保護者(ジュリアの父)との暮らしが始まろうとしている。
それぞれにとって申し分のない人生の新章である。ただ、ルカとアルベルトが一緒にいられないことが胸をしめつける。彼らの別れの寂しさにこそ目をこらしたい。ともにベスパで冒険しようと笑い合っていた頃より、お互いを思うからこそ離れることを選んだ今のほうが、この世界を信じがたいほど広く感じるだろう。