灯台守のパン

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「提供する側」と見なされること/ポリタスTV「女のくせにビール?」飲食とジェンダーバイアス

ポリタスTV 2024/2/13配信『「女のくせにビール?」飲食とジェンダーバイアス』回を観た。出演者の白央篤司さん(フードライター・コラムニスト)のご著書についてはこちらの記事でも書いているので、よかったらご覧ください。

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白央篤司さんがこれまでのお仕事や暮らしで感じた飲食に関するジェンダーバイアスと、ご自身のX(旧Twitter)で募った同テーマの体験談を紹介しながら番組は進む。


番組内で扱った内容よりやや広範になってしまうが、私個人の「飲食に関するジェンダーバイアスを感じた出来事」を振り返ってみると、私(女性)が「提供する側」であると勝手に見なされるパターンが多い。それが強いストレスになっている。

「提供」の中身は多岐にわたる。食卓におけるケアや気遣い、盛りの良い皿やおかずを男性に譲ること、無礼な質問や会話に笑顔で応じることまでも。

男性と外食中、取り分ける大皿料理が運ばれてきたとき、私の側に向けて置かれるトング。複数人での飲み会中、参加者の男性が無言で私の目の前に差し出してきた鍋の取り皿。料理雑誌のレシピに「夫が太鼓判を押しました」「いつもは何も言わずに食べる旦那がおかわりしました」といった女性読者からのコメントが添えられ、「男性・男性配偶者が認めた料理=良い料理」の構図が強化されていくこと。学生時代の部活で毎年行われていた、女子部員が弁当を用意するピクニックイベント。夕方や夜にひとりで外出したり、人と話したりすると、会った相手から「旦那さんの夜ごはん、つくってから来たんですか?」と聞かれること。

misakiwaame.wixsite.com


ちなみに、現在の私は、複数人の飲み会や会食などの機会が少ない生活をしている。酒は飲まない。外食より自炊が多い。その理由を、性格や食の好みを踏まえて「人が多い場所は苦手だから」「下戸だから」と思っているが──それはたしかに間違いではないのだが、意識的にせよ無意識的にせよ、自分が「提供する側」と見なされそうな場所や集まりを避けているふしはあるかもしれない。

(飲食そのものからは少々脱線するが、とある喫茶店を夫と利用したとき、男性店員が私の全身を値踏みするように見た。そして隣の夫にニヤリと笑いかけて「いやぁ、羨ましいな」と言った。その瞬間、私という個人と尊厳と感情の一切は夫に「提供」されてしまった。こういう目に遭うと怒りより絶望が上回り、行動範囲を狭めたくなる)

しかし、飲食に関する諸事を「提供する側」だという圧を、強烈に内面化している自覚もある。キニマンス塚本ニキさんが仰っていたような、複数人で食事をしたあと男性たちは寛ぎ、女性たちは片づけをし……という状況になったら、私は不満を抱えながらも片づけ役に回ってしまうかもしれない。食事の片付けを「提供する側」だと思ってしまっているから。

道のりは長く、問題は根深い。けれど、こういうテーマの番組があること自体が希望だとも思う。

座りっぱなしの男を真似る子らのうち女のみキッチンに呼ばれて
(小松岬 連作『私たちの草上の昼食』より