灯台守のパン

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ハウジングファーストの重要性/サンドラの小さな家

 夫・ガリー(イアン・ロイド・アンダーソン)から精神的・身体的暴力を受けていたサンドラ(クレア・ダン)は、いよいよ命の危険を覚え、次の住まいの当てがないまま娘ふたりと共に家を出る。ひとまずホテルに避難したものの、ホテル暮らしは費用が嵩む。公営住宅は長い長い順番待ちだ。安全な家を早急に確保したいサンドラは、費用を抑えた家を自分で建てることを思いつき……

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2020年 アイルランド・イギリス
監督 フィリダ・ロイド
原題 herself

「ハウジングファースト」という言葉がある。ホームレス状態になった人が、なによりもまず最優先で安全な家を確保できるよう支援する方法・理念のことだ。
 サンドラが実践しようとするのは、つまりはこの「ハウジングファースト」である。しかし土地探しから難航する。最終的には、サンドラの母と交流のあったペギー(ハリエット・ウォルター)や、ガリーを知る建築業者のエイド(コンリース・ヒル)など、多くの人の厚意に支えられて初心者だらけの家づくりが進んでゆく。
 物語としては美しい友愛の光景だが、現実においては、こういったDVと住宅に関する問題が「厚意」や「友愛」のみに支えられてはならないのだろう。逆に言えば本作は、家賃補助と育児手当以外の公的支援がほぼ機能しない点が示唆深い。亡き親が遺した交友関係がなくても、友人がいなくても、建築業者の知り合いがいなくても、役所の窓口ただ一か所に助けを求めるだけで安全とプライバシーの保たれた家に入居できるべきなのだ。
 建材店でガリーと遭遇してしまったサンドラは、ほかの店で割高の商品を買わざるを得なくなるのだが、そのことをエイドに悪気なく「予算を考えるべきだ」と指摘される。DV加害者を避けるために行動範囲が狭まり、予定が変わり、出費がかさむ被害者の苦しさが胸に迫るシーンだ。

 警察庁の発表によると、パートナーからの暴力被害は18年連続で最多を更新している。いま世にいるたくさんの「サンドラ」が、すみやかに安心安全な家に暮らせるための仕組みがほしい。

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