灯台守のパン

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ここから小さな革命を/作りたい女と食べたい女

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作りたい女と食べたい女1(2021年)
著者:ゆざきさかおみ

 料理好きの野本さんは、日々の食卓の写真をSNSにアップするなどして楽しんでいるが、本当はもっとボリュームとインパクトがあるものを作りたい。とは言え自身は少食で、さらに一人暮らしであるため、そういった料理に着手するきっかけがない。
 そんな折、同じマンションの隣の隣の部屋に住む春日さんと出会う。野本さんは、自分ひとりでは食べきれない量の料理をつくって春日さんに振る舞ってみたいという淡い期待を抱き……


《料理=女性が男性や子どものためにするもの》というジェンダーロールの押しつけにうんざりする野本さんや(1話)、定食のごはんの量を確認なく少なめにされる春日さん(2話)、食費の話をしながら交わされる「そもそも女の給料がもっと上がれば…」「同じ非正規でも女のほうがより低いです」という給料格差を嘆く会話(3話)など、食をメインテーマに据えつつ、性差別の問題を積極的に取り上げ続けている作品である。
  男性中心・異性愛中心社会で感じる悔しさや違和感を、野本さんと春日さんは表明し続ける。性差別に即座に反論するのは、できたら理想ではあるがなかなか実行できないことも多いし、今日の抗いが明日の社会をただちに変えるわけではないかもしれない。しかし、野本さんと春日さんが地道にノーを示し、こんな思いをして辛かった、こんな理不尽な目に遭って嫌だったと打ち明ける姿は、現実の読者を確実に力づける。
 わたしたちは不平等を良しとしないし、わたしたちはだれにも消費されたくないのだと、「つくたべ」の世界は訴える。その小さな革命が読む側の内面に生み出す波紋が快いのである。

  本作の食事シーンは非常に工夫されている。野本さんと春日さんは、1回の食事で摂る量も違えば、スプーンに盛るひとくちの量も違う。食べ方も違うし、添えられるオノマトペも違う(これは漫画ならではのおもしろさだ)。違う人間だから当然と言えば当然だが、その“当然”がすみずみまで丁寧に行き渡っている。
 また、キャラクター同士の感情のやりとりや、現時点での関係性を無視して食事シーンを過度にエロティックに演出する手法から距離を置いている点にも注目したい。一方的な性的視線に晒されることなく食事を楽しむ女性キャラクターの姿は新鮮に胸をうち、逆に「こんなに大切なことが“新鮮”でいいのだろうか?」と思わず考えこんでしまう。

 野本さんと春日さんは、単純に「作るのが好き」「食べるのが好き」という組み合わせの良さだけで親しくなっているわけではない。彼女たちはどちらも、相手に対する観察と配慮を怠らない。
 春日さんは、生理で体調不良の野本さんに「春日さんみたいに強くならなきゃね」と言われ、「そのままでいいですよ/同じ女なんていないんだから」と返す(4話)。野本さんは、「春日さんが普段どこで服買ってるかとかも/そのうち話せるようになるのかな」と関係の進展を控えめに望みつつ、一方で「身長のこと気にしてるかもしれないから不用意には聞かない…」と自分を律している(7話)。社会の「女性全体」に関わる諸問題を描きつつ、同時に「女性ひとりひとり」の細かな差異を掬いあげる誠実さが、独特の読み心地の良さに繋がっている。